2人はアフガンに出発する直前、「より意味のある人生を生きよう」という意味で教会プログラムの一環として遺書を作成し、教会側に提出したという。自発的に書いたものであり、チーム員の半数以上は書いていないと説明した。遺書を書いた上で宣教活動に向かうのが通例なのかとの質問に対しては、「(遺書を書くのは)今回が初めてだったのでよく分からない」と答えた。
これに関連しセムムル教会関係者は、チーム員23人のうち、チーム長を務めていた故ペ・ヒョンギュ牧師を除き9人が遺書を作成しており、教会事務室でペ牧師が保管していたと説明した。
しかし、アフガンで23人が拉致された当時、教会側はチーム員らの遺書作成について「そうした事実はない」と否定していた。
またキム・ギョンジャさん、キム・ジナさんの2人は、拉致されていた当時も会話をしているように装い祈りを捧げるなど、信仰生活を続けていたなど、当時の様子を紹介した。小さな声だったのでタリバンには知られることはなく、タリバン側が不快感を示したこともなかったという。
またキム・ジナさんは、ノートに記した拉致日誌を公開した。解放されるものと信じ、拉致されている間に考えていたことを書き留めておきたかったと話し、どのように移動したかなどを書き記したが、手紙など私的な内容が多いため、詳しい内容はすぐには公開できないとした。数字などを書くとすべて取り上げられたため、数字もすべてハングルで書くなどして記録したという。
2人が国内メディアと会見を行うのは、解放以来これが初めて。健康状態はかなり回復したように見受けられ、時折笑顔を見せるなど終始リラックスしたようすで受け答えた。
Copyright 2007(C)YONHAPNEWS. All rights reserved.
Copyright 2006(C)YONHAPNEWS. All rights reserved. 0