南北は2000年のシドニー五輪で初めて合同入場に合意し、世界の注目を受けた。2007年の長春冬季アジア大会まで国際的な競技大会で9回にわたり、南北選手が手を取り合って入場した。しかし、年初からの南北関係の膠着(こうちゃく)はスポーツ交流にも影響した。KOCは、合同入場に向けたスポーツ会談の開催を要請する電話通知文を数回にわたり送ったが、北朝鮮は受け取ることも拒否した。先月11日に金剛山で韓国人観光客射殺事件が発生してからは南北関係はさらに冷え込んでいる。
朝鮮オリンピック委員会の朴学宣(パク・ハクソン)委員長は2日に北京入りした際、「その問題は後で論議しましょう」と述べ、合同入場に関する言及を避けた。これより先に北京入りした尹勇福(ユン・ヨンボク)委員は「10・4宣言(南北首脳宣言)がまず守られるべき」とコメントし、韓国政府の対北朝鮮政策の変化を前提条件として掲げた。南北自らが合同入場への解決策を見出せずにいるなか、国際オリンピック委員会(IOC)と北京オリンピック組織委員会(BOCOG)が積極的な仲裁に入っているが、いまだ糸口をつかめていない。
南北のオリンピック委員会は2004年に北京五輪に南北統一チームを送り出すことで合意した。しかし開幕年を迎え、統一チーム構成だけでなく合同応援団の構成も実現できなかった。合同入場さえ不可能となれば、南北スポーツ交流は10年前の状態に大きく後退する見通しだ。
Copyright 2008(C)YONHAPNEWS. All rights reserved. 0