ドイツ出身のベネディクト16世は「20世紀最高の神学者」という修飾語が付いている。カトリック内外で「保守的」という評価を受けるカトリック信仰の伝統性を守護してきた人物だ。「正統教義の守護者」として、世俗主義に立ち向かった。
1927年、ドイツ・バイエルン州で生まれ、本名はヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガーだ。枢機卿時代には「ラツィンガー枢機卿」と呼ばれた。故人はミュンヘン大学とフライジング大学を経て、ボン大学で神学を専攻。20年以上神学者として活動し、数多くの講演と、多くの著書を出版した。
教皇即位のミサには、世界中のすべての民を象徴する12人が教皇に殉命を誓約。当時、韓国からはキム・スファン(金壽煥)枢機卿が枢機卿団代表としてベネディクト16世に殉命を誓約した。教皇は即位から8年後の2013年2月、健康問題で自ら辞任している。
ベネチクト16世は韓国とも格別の縁がある。在任期間だった2006年2月、ソウル大教区長のチョン・ジンソク大司教を枢機卿に任命。2006年11月には平和な手段による朝鮮半島非核化を促した。ノ・ムヒョン(盧武鉉)当時の大統領は2007年2月、バチカン教皇庁を訪問。接見後、ベネチクト16世は南北離散家族の再開のために祈ると明らかにした。
カトリック教皇はもともとローマの司教職だった。このため、イタリア出身が長年教皇になっている。ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世が教皇や、ドイツ出身のベネディクト16世が教皇になった時は破格的な決定と評価された。2005年ベネディクト16世が選出されたとき、コンクラーヴェ(教皇選出投票)で2番目に多くの票を得たのが現在のフランシスコ教皇だ。
ヨハネ・パウロ2世が共産主義と対立したとすれば、ベネディクト16世は現代社会の世俗主義と相対主義、無神論と消費万能主義に対抗して戦った。2013年2月、ベネディクト16世は健康問題で教皇職を自ら辞任。長い間、カトリック教皇は終身職だった。ベネディクト16世はグレゴリウス12世以降598年ぶりに、生前に退位した教皇となる。それ以後、ベネディクト16世は名誉法王(Pope Emeritus)を務めてきた。
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