セウォル号沈没事故当時、救助されたが生徒を失った現実を自ら叱責し、結局、極端な選択をした檀園高等学校の教頭に対して、裁判所も“殉職”を認めなかった。
セウォル号沈没事故当時、救助されたが生徒を失った現実を自ら叱責し、結局、極端な選択をした檀園高等学校の教頭に対して、裁判所も“殉職”を認めなかった。
セウォル号沈没事故当時、救助されたが生徒を失った現実を自ら叱責し、結局、極端な選択をした檀園高等学校の教頭に対して、裁判所も“殉職”を認めなかった。

 ソウル行政法院行政12部は故カン・ミンギュ教頭の夫人イ某さんが人事革新処長を相手に提起した補償金などの支給申請棄却決定取り消し訴訟で、21日、原告側の敗訴を言い渡した。

 檀園高の修学旅行を引率したカン教頭は昨年4月16日のセウォル号事故当時、救助された。だが、事故収拾の真っ最中だった同月18日、全南(チョンナム)・珍島郡(チンドグン)・室内体育館後方の山で首をくくり死亡しているのが発見された。

 遺書には「200人の生死がわからないのに、ひとり生きるのが苦しい。私にすべての責任を負わせてほしい。私が修学旅行を推進した」など、セウォル号惨事を自責する内容が含まれていた。

 以降、カン教頭の夫人イさんは事故で亡くなった教師7人の遺族と共に、安全行政部に殉職遺族給与を請求したが、安全行政部はカン教頭を除いた残り7人だけを殉職者と認定する決定を下した。カン教頭の精神的苦痛と死亡原因には直接の関連がない、というのが理由だ。

 これにイさんは決定を不服とし、同年、裁判所に「安全行政部の決定を取り消してほしい」として裁判所に訴訟を起こした。

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