海洋警察の発表によると、16日午前に珍島沖で旅客船沈没事故が起き、最初に現場に到着した警備艇は木浦海洋警察所属の船だった。
同警備艇は16日午前8時58分に出動命令を受け、30キロ離れた事故現場に午前9時半に到着した。
同警備艇が現場に到着した時点で、セウォル号はすでに左に50~60度傾いた状態だった。
午前9時38分にセウォル号と珍島の管制センター(VTS)が最後の交信を行った直後、セウォル号の船員は操舵室からの脱出を始めた。午前9時28分に「船室が安全だ」と船内放送をしてから10分後のことだ。
5階にある操舵室の左側甲板が水に触れるほど船が傾いていたため、船員は水に飛び込むことなく左舷に寄せている警備艇に乗り移ることができた。
操舵室のすぐ近くには25人乗りの救命いかだ14隻があったが、船員はこれさえも作動させることなく急いで警備艇に移った。
船員は操舵室から出た。ほとんどが青色の作業服を着ていたため、誰か見ても船員であることは明らかだった。
海洋警察の警備艇は午前9時50分、船長など船員10人と一般乗客の合計80人を救助。1次救助作業を終え、10時10分に救助者中57人を珍道郡庁の給水船に引き渡した。
給水船に乗っていた珍道郡庁の関係者は、「その時には分からなかったが、後でニュースを見て、我々の船に船長が乗っていたことを知った」とした上で、「船員のうち1人が『船員は全部で10人』と言っていたので、船員とばかり思っていて、船長だとは思わなかった」と伝えた。
船員10人は午前11時頃、珍道郡に到着した。他の船に救助された船員を合わせれば船長、航海士、機関士、操舵手などいわゆる船舶職の船員15人は全員無事だった。
船長は彭木港に到着した後も船長であることを隠し、近隣の病院に運ばれ、病室で横になり、水でぬれた紙幣を乾かしながら過ごしたことが分かった。船長はその後、海洋警察から呼び出しを受け、救助の協力のため、午後5時40分に現場指揮をする海洋警察の船に乗った。遭難者の生存率が高い「ゴールデンタイム」を浪費した後であった。
船長は水中での捜索に向かうダイバーに船の構造を説明するなど、救助活動に参加したが、その後、新たな生存者は発見されなかった。
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