故 重光武雄(辛格浩)「ロッテ」創業者(左)と故 辛春浩「農心」創業者(右)(画像提供:wowkorea)
故 重光武雄(辛格浩)「ロッテ」創業者(左)と故 辛春浩「農心」創業者(右)(画像提供:wowkorea)
韓国で「ラーメン王」と呼ばれていた韓国食品大手企業「ノンシム(農心)」のシン・チュンホ(辛春浩)会長が今日(27日)死去した。

1930年生まれの故シン会長は、中国起源のラーメンと日本発祥のインスタントラーメンに感銘を受け、「韓国式ラーメン」を世界の食卓に提供するため、半世紀以上 努力を注いできた。

1965年に「農心」を設立し、56年間 企業を率いてきた。設立後20年で 農心は韓国内のラーメン市場で1位の座につき、さらに代表商品である「辛ラーメン」を筆頭に“Kフード”の代名詞として成長してきた。

故シン会長には、昨年1月にこの世を去った故シン・ギョクホ(辛格浩・日本名:重光武雄)ロッテグループ創業者や、シン・ソンホ(辛宣浩・日本名:重光宣浩)日本食品会社“サンサス”社長など兄弟の3番目の息子として、1930年 韓国ウルサン(蔚山)で生まれた。

故シン会長は生前、事業の問題で兄の重光ロッテ会長と仲たがいしたが、事業にかける不屈の意志と気持ちは非常によく似ていたという。ラーメン事業で兄の陰から抜け出そうと考えたのも、当時 故シン会長の独立の動力となっていた。

兄を助けロッテを育てる中、新事業としてラーメンを提案したが「ご飯のかわりにラーメンを食べる人がいるか」という反対にあい、自分で会社を立てると決意した。

シン会長は「ロッテ工業社」としてラーメン事業をスタートしたが、ラーメン事業に反対していた兄のシン ロッテ会長が「ロッテ」という社名を使わせず、1978年「ロッテ工業社」は「農心」と社名を変更した。それ以降 兄弟は絶縁し、シン会長は兄が主催する家族の行事などには参加しなかった。

1941年、19歳の若さで日本に渡り、財界5位のグループを築き上げた兄の重光ロッテ会長とは別の道を歩むこととなったが、その優れた経営能力と企業家精神は非常によく似ていたという。

農心は、1986年に誕生した「辛ラーメン」だけでなく、昨年 米ニューヨークタイムズが世界最高のラーメン1位として選定した「辛ラーメンブラック」をはじめとして、数多くの代表商品をこの世に出してきた。

日本でもヒットした韓国映画「パラサイト~半地下の家族」で有名になった「チャパグリ」も農心の「チャパゲティー」と「ノグリ」を混ぜたものだ。

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