独立運動家イ・ソギョンを称える「青少年文化空間」が南楊州のいたるところに(画像提供:wowkorea)
独立運動家イ・ソギョンを称える「青少年文化空間」が南楊州のいたるところに(画像提供:wowkorea)

 京畿道南楊州市のチョ・グァンハン市長は31日、「新年に独立運動家イ・ソクヨン(李石英)先生の精神を受け継いだ青少年の文化の遊び場『イ・ソクヨン ニューメディア図書館』、『イ・ソクヨン広場』、青年たちの創業を助ける『1939ウィズ(with)イ・ソクヨン』を開館する」と発表した。

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 チョ市長は自身のSNSでこのことを知らせ、「110年前の1910年12月30日、日本に国を奪われると、イ・ソギョン先生の6人兄弟とその家族40人余りが鴨緑江を渡って満州に亡命した」と説明した。

 チョ市長は「イ・ソクヨン先生一家は庚戌国恥(大日本帝国が大韓帝国の国権をはく奪したこと)からわずか4か月で現在価値で2兆ウォンに達する南楊州嘉谷里一帯の土地をすべて急いで売り、独立運動のために祖国を離れた」とし、「莫大な富と安楽な生活を投げ捨て、家門の没落を覚悟して独立運動の茨の道に飛び込んだのは、人間の限界を超える超人的な決断」だと評価した。

 続けて「先生が献身的に独立軍を養成する"新興武官学校"が設立され、独立軍は今年100周年を迎えた鳳梧洞戦闘、青山里対戦で日本軍に大きな勝利を収めた。学校が輩出した3500人余りの独立軍は抗日武装闘争の根幹になった」と強調した。

 また「先生は日本の弾圧を避けて中国の地を転々とし、1934年に上海の貧民街で飢えで生涯を終えた。捨てられたように共同墓地に埋葬され、そこも開発で毀損された」と残念がった。

 趙市長は「イ・ソギョン先生兄弟の末っ子であるイ・シヨン先生だけが解放された祖国に戻り、大韓民国の初代副大統領を務めたが、ほかの兄弟は皆病気または監獄で息を引き取った。イ・ソギョン先生は尊敬されるべき誇らしい独立運動家であり、ノブレス・オブリージュを自ら実践した偉大な先駆者である民族の大きな星だ」と述べた。

 特に「われわれの子孫はみんな先生に対してずっと借金をしている。南楊州市は新年初め、和道(ファド)にイ・ソギョン ニューメディア図書館、洪裕陵前にイ・ソギョン広場と庚戌国恥を記憶しようというリメンバー1910、また坪内好坪には青年の創業を助ける1939withイ・ソギョンを開館する」と発表した。

 そして「市役所の訪問客接見室はイ・ソギョンマル(「マル」とは縁側や空間という意味)だ。先生の崇高な志を称えるための空間であり、その方の献身に対する最小限の道理」とし、「忘れかけていた先生の崇高な犠牲が世間に知られたことに深く感謝する。イ・ソギョン先生の国を愛する心を南楊州市の空間革新に溶け込ませたい」と意気込んだ。
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