彼女と話をしていると、優しくてハツラツとした笑顔にハマっていく。多くの女優が、自分を言葉で表現する方法を知らず、短答型の返事でインタビューを冷めた雰囲気にするが、彼女とのインタビューは、常に愉快で気持ちが良い。相手に気を配り、自分をはっきりと表現する彼女の話術は、冷たい秋風が吹き始める季節に飲む、一杯のワインのように暖かい。体の緊張を解き、リラックスさせる力は、まるで魔法に似ている。これは映画女優キム・ジョンウンのことだ。
誰かに接する時にはベストを尽くすキム・ジョンウンの姿は、映画の中にもそのまま表れている。そう簡単には上がれないトップの座に、2002年の映画『大変な結婚(原題:家門の栄光)』と、2004年ドラマ『パリの恋人』で2度も輝いた結果も、まさにこのような姿勢から始まった。専門的に演技を学んでおらず、デビュー前はカメラ1台で全ての撮影をすると思っていたというキム・ジョンウンは、努力と賢い頭脳をベースに、現在の地位まで上り詰めた。最近の2作品が、興行成績という点では、不振な結果をもたらしたりはしたが、過去に成し遂げた結果物よりこれから作って行く姿にもっと期待を持っているのは、彼女が大衆に披露するものがまだまだ残っているからだ。

キム・ジョンウン の最新ニュースまとめ


<b>自分を振り返ってみる</b>
2002年『大変な結婚』は、キム・ジョンウンにとって忘れられない“事件”だ。全国観客動員数が500万人を越える大ヒットとなり、一気にトップスターの座に上り詰めた。映画の中で歌った曲『私はいつもあなたを』もヒットさせ、キム・ジョンウンの株価は急上昇した。
「私の前にレッドカーペットが敷かれた感じでした。難しいという映画界で上手くことが運び、自信がつきました。それに、私が持っているコメディの才能とタイミングを知りました。そして翌年の2003年に映画『吹けよ春風』に出演したんですが、前作の“栄光”が大きいあまり、一気に落ちていく感じがしました。私にとっては真っ直ぐでキュートな映画だと思ったけど、『大変な結婚』であまりに人気が上がったせいか、墜落していく感じがしました」

2004年『パリの恋人』を演じる際は、大ヒットに対する欲を捨て、“上手くできることを頑張ろう”という気持ちで挑み、大ヒットを記録した。人々が彼女をどんどん盛り立て始め、慌ただしい時期になった。しかし、『パリの恋人』は成功と共に、彼女に内省する機会を与えた。ロマンチックコメディだけに捕らわれず、自分の中に隠れた潜在力を引っ張り出す必要性を感じた。
「それで、映画『親知らず』に出演しました。興行が上手く行かず、評論家の反応も様々だったけど、私はいい経験だったと思います。あんな風に純度の高い芝居をした経験は忘れられません。私はこれまで現実的ではない、漫画のようなキャラクターだったんですが、『親知らず』で、多くのことを学び感じとりました」


<b>自分の行く道を知る</b>
新作映画『がんばって生きてみよう』(監督:アン・ジヌ/制作:グッドプレイヤー)は、今後の芝居の方向性をさり気なく表した作品だ。産児制限政策があった1972年を背景に、農村で繰り広げられる、笑えない騒動を描いた『がんばって生きてみよう』で、保険社会部の派遣家族計画要員パク・ヒョンジュ役を演じたキム・ジョンウンは、単純なコメディではなくブラックコメディ風の社会風刺を上手く描こうと努力した。自分が進む道がわかったからだ。
「皆さんが思うこれまでのイメージを排除したらダメなんです。皆さんが私に“コミカルクイーン”のイメージを持っているのならば、それを見せることも大切。既存のイメージを見せながら、ゆっくりとイメージの幅を広げることが重要なんです。『がんばって生きてみよう』は、私が“コミカルクイーン”のイメージを捨てるのではなく、その領域を少し広めて、社会的風刺まで手を伸ばした映画です」
アン・ジヌ監督が、もう少しコメディ向きに進めようとした際、映画が持っているテーマに対して、もう少し深く入ろうと撮影現場で主張した理由は、まさにこのような哲学があったからだ。彼女の未来が明るく感じられる理由だ。


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