小倉武之助が収集したコレクションの一部(資料写真、文化財庁提供)=(聯合ニュース)
小倉武之助が収集したコレクションの一部(資料写真、文化財庁提供)=(聯合ニュース)
【ソウル聯合ニュース】韓国の文化遺産受難史の研究を続けてきたチョン・ギュホン氏が、1866年にフランス艦隊が江華島を侵略した丙寅洋擾から1945年の日本による植民地支配からの解放までの約90年間に韓国で起こった文化財の被害を紹介した本「韓国文化財受難日誌」(全10巻)を著した。 執筆のため2年前に中学教師の職を辞したチョン氏は、日本が作成した報告書や新聞記事、雑誌を基に盗掘、盗難、搬出、破壊の事例を日誌の形で整理し、4500ページを超える全集を完成させた。 チョン氏は23日に聯合ニュースの取材に応じ、「今回本を書く中で、特に小倉武之助が持ち帰った遺物に注目した」と語った。 小倉武之助(1870~1964)は韓国で電気会社を経営した。小倉が朝鮮半島で収集した遺物を子息が1981年に東京国立博物館に寄贈した小倉コレクションのうち、「透彫冠帽」など8点が日本の重要文化財に指定されている。 小倉は42年に日本で韓国の文化財約360点を知人に公開し、図録を作成したが、この図録に収録された遺物の相当数は東京国立博物館にも収蔵されていない。 チョン氏は「現在東京国立博物館には金冠1点、銅冠2点があるが、42年の図録には金冠と銅冠が各3点ある。小倉はもっと多くの文化財を所蔵していたが、子孫が一部を売ってしまったようだ」とし、「東京国立博物館にある韓国の文化財のうち、約1000点が『小倉コレクション』だ。小倉が韓国から持って行った文化財はこれで全部だと思っている人が多いが、実際にはこの数倍が日本に移された」と説明した。 また、チョン氏は執筆過程で、故朴炳善(パク・ビョンソン)博士が75年にパリにあるフランス国立図書館で見つかったと伝えられる「外奎章閣儀軌」の所在を日本が29年にすでに把握していた事実を確認した。 チョン氏は「数年前に韓国国立中央博物館が朝鮮総督府博物館の公文書を公開した際に疑問が解けた」とし、「当時の新聞記事には遺物の正確な発見日時が記録されていない場合があったが、博物館の出張報告書で日時を類推することができた」と話す。 81年に教職の研修の際に講師から韓国の国宝・石窟庵の修復記録を記した石板を日本が便所の壁板に使用したとの話を聞いてから文化財に興味を持つようになったというチョン氏は、今後は解放以降に発生した文化財の受難史を執筆したいと考えている。
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