駐韓米大使襲撃事件の犯人、2010年日本大使への投石事件から刑宣告までの経緯

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駐韓米大使襲撃事件の犯人、2010年日本大使への投石事件から刑宣告までの経緯
駐韓米大使襲撃事件の犯人、2010年日本大使への投石事件から刑宣告までの経緯

病院で骨折した足首を治療した後、再度警察署に移送されるキム・ギジョン(金基宗)容疑者(55)

 リッパート駐韓米大使が5日午前7時42分ごろ、ソウル・鍾路区(チョンノグ)・世宗路(セジョンノ)世宗文化会館1階世宗ホール内で、凶器を持ったキム・ギジョン(金基宗)容疑者(55)に襲われた。リッパート駐韓米大使は顔の右頬、左手首などを切られ、現在、江北(カンブク)サムスン病院で治療を受けているが、命に別条ないことが伝えられた。

 犯人であるキム・ギジョンは左翼文化運動家で、「竹島」(韓国名:独島)の領有権を主張する団体の代表だ。2010年には、ソウルで講演会中の当時の重家俊範・駐韓日本大使に対しセメント片を投げつけた人物だ。

 2010年当時の経緯は以下のとおり。

■2010年7月8日、ソウル南大門警察署が重家俊範駐韓日本大使(当時)にセメント片を投げつけた容疑(外国使節に対する暴行など)でキム・ギジョンに対する拘束令状を請求。

キム・ギジョンは同年同月7日、ソウル市内で行われた社団法人韓日未来フォーラム主催の講演会で講演中だった重家大使に直径約10cmのセメント片を投げつけ、現場で取り押さえられた。大使にけがはなかったが、大使館員の女性が左手に軽傷を負った。キム・ギジョンは取り調べに対し「講演会の内容が気に入らなかった」と供述した。

■2010年8月16日、キム・ギジョン被告の公判があり、検察側は懲役4年を求刑。

検察側は「キム被告が資料を渡すふりをして壇上に接近し、重家大使にセメント片を投げた行為は重刑を求刑せざるを得ない」と指摘した。キム・ギジョンは、竹島の表記を削除するよう求める内容などが盛り込まれた文書を大使に渡そうとしたが、その過程で関係者に阻止され、偶発的に壇上に向かってセメント片を投げただけで、大使を狙ってはいないと供述した。

■2010年8月30日、ソウル中央地裁はキム・ギジョンに懲役2年、執行猶予3年を宣告。

裁判所は「キム被告は罰金刑で1度処罰を受けた前歴以外、他の犯罪歴はなく、2007年の焼身(2007年、20年前のウリマダン襲撃事件の真相究明を要求し、大統領府前で自ら体に火を付け、全身に火傷を負った)の後遺症で健康状態は良くない。しかし、被告が選択した手段は法の秩序が容認せず、暴力性と反文明性、被害者が処罰不願意思を表明したことがない点などを考慮し、刑を定めた」と伝えた。
2015/03/05 14:42配信  Copyrights(C)wowkorea.jp


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